借金や賃貸契約など、さまざまな契約において、借主が死亡した場合にその債権の回収について考えられる貸主の方は多いでしょう。
借主が何もその死後について貸主に連絡せず突然亡くなられたり失踪されたりしたため、債権についてはあきらめるほかない、何も手を出せないと思ってしまうケースや、本来なら回収できたはずの債権について泣き寝入りしてしまうケースも見られます。
住居などの物件賃貸契約において借主に不測の事態が起きた場合、基本は保証人や連帯保証人がその責を負うこととなります。
しかし、保証人や連帯保証人に連絡が取れない、支払い能力、支払い意思がないなどの場合、死亡した人の法定相続人に責任や負担がいくこととなります。
近年、賃貸物件において、「孤独死」「孤立死」によるトラブルの発生が多くあります。
これは主に、地域のコミュニティや家族親族から長く切り離された状態にあった人が、病気や事故、事件自殺によりその居室でお一人で死を迎えられ、長期間発見されないことによる事態です。
お一人で最期を迎えられたその死の痛ましさもさることながら、長期間放置されていたご遺体は損傷や腐敗が進み、またご遺体由来の血液や体液が建物の床や壁などに深刻な影響をあたえる場合も見られます。
さらに独特の死臭や、ウジやハエ、ゴキブリなどの害虫の発生に伴う近隣トラブルについても留意すべきでしょう。
こういった事態においてももちろん主な責任はまず賃貸契約の保証人、連帯保証人がその責を負いますが、保証人や連帯保証人に連絡が取れない、トラブルに伴う手続きの履行能力や金銭の支払い能力がない場合もあります。
こういった場合に、お一人で亡くなられた方の法定相続人に連絡を取らねばならない場合もあるでしょう。
賃貸契約の貸主の方は、近年増加している「孤独死」「孤立死」の場合のトラブルを迅速に解決するためにも、保証人制度や賃貸契約についてのほかに、相続についても頭に入れておくと良いかもしれません。
法定相続人についてはその相続そのものの仕組み、また相続の放棄など含め、やや複雑な仕組みがあります。
この仕組みについては詳しく民法に定められています。
このページでは、相続、法定相続人の制度とその放棄の仕方、また貸主の立場において、相続放棄されないための手段について説明していきます。
また、賃貸契約の借主がお一人で亡くなった場合の法定相続人の相続についても説明いたします。
まずは相続そのものの仕組み、定義について次の章で説明していきます。
1.相続とは
ある人が亡くなった場合、その財産や負債は、民法に定められた配偶者や子、兄弟などの法定相続人が引き継ぐこととなります。
これが相続といわれるものです。
プラスの財産の相続であれば、喜んで相続を引き受ける人も多くいらっしゃることでしょう。
ですが、例えば借金をした本人でもないのに、その負債のみを引き継ぐということに抵抗のある場合ももちろんありますので、民法ではいったん発生した相続に対してそれを承認するか、相続破棄するかの自由を認めています。
また相続の承認にも、財産も負債もすべてをそのまま相続する単純承認と、プラスの財産の範囲内で負債を相続する限定承認があります。
法定相続人は、プラスの財産だけ、またはマイナスの負債だけを相続するということは基本的にありません。どちらも相続する単純承認か、もしくは限定承認としてプラスの財産で相殺できる範囲内の負債を相続する形になります。
単純承認については、相続が発生してから3ヶ月以内に何の手続きも行わなかった場合に自動的にそうとみなされます。
また、限定承認や相続破棄の手続きを期限内に行っていても、その前後に相続する財産の処分や負債の支払いを一部でも行った場合は、手続きが認められず単純承認したものとみなされます。
これを法定単純承認といいます。
相続が発生したあと、その権利があるにもかかわらず法定相続人がその財産を取得しないことを俗に相続分の放棄といいますが、これは相続放棄とは異なるので注意が必要です。
相続分の放棄はあくまで相続後の取り分の放棄となり、相続人としての地位の放棄にはならず、よって債務の返済義務を逃れることにはなりません。
現行の日本の民法下では、プラスの財産の範囲内で負債を相続する限定承認には法定相続人すべての同意が必要で、あまり行われていないのが実情です。
限定承認には複数の法定相続人がかかわるため手続きの上でも煩雑になり、限定承認の行われる件数は相続放棄の行われる件数の10分の1以下となっています。
では次に、相続放棄が行われる場合の規定、手続きについてご説明します。
2.相続破棄を行うには
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから、3ヶ月の期間の間に家庭裁判所へ相続放棄の申し立てをし、所定の審判によって認められれば相続を放棄することができます。
例えば家族親族の間で、相続に関連する事柄について参加しないと口頭で述べただけでは、もちろん相続放棄とはなりませんので、面倒でも必ず家庭裁判所への申し立てが必要です。
またこちらで言う、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、被相続人となる死亡した方本人の死亡または失踪宣告を知ったとき、または先順位者の相続放棄等を知り、かつそのために自分が相続人となったことを知ったときになります。
つまり相続人が複数いる場合、その開始の日時が異なることもあります。
実際の手続きの上で家庭裁判所に問題なく受理してもらうためには、死亡した方本人の死亡から3ヶ月以内が確実でしょう。
なお、相続財産の調査に時間がかかる場合など、あらかじめ相続の開始から3ヶ月以内に家庭裁判所に請求することによって相続放棄できる期間を延ばすこともできます。
相続放棄が家庭裁判所に受理されると、相続放棄申述証明書が交付されます。
これによりその相続人ははじめから相続人でなかったとみなされ、一切の相続を行わない形となります。
生命保険の死亡保険金受取人については、生前の保険契約上の取り決めとなりますので、相続放棄をしたとしても別に死亡保険金を受け取ることは可能です。
年金の受け取りについても同様に、死亡した本人の年金についてはもちろん本人以外は受け取れませんが、遺族年金等の受け取りの権利は相続放棄によっては失われません。
しかし、生前に被相続人の借金や負債が判明している場合でも、相続放棄を生前に行うことはせきません。
これは、相続の起点が、法定相続人が自己のために相続の開始があったことを知ったとき、つまり多くの場合、被相続人が死亡したときを基としているためです。
相続放棄は、あくまで相続開始後の手続きになります。
実務の上では、生前にプラスの財産の相続後の法定相続人それぞれの取り分を増加、減少させる、もしくは事実上一人の法定相続人に独占させるためなどに別の種類の手続きが行われることはありますが、今回は割愛します。
また相続開始から3ヶ月を過ぎていても、家庭裁判所の判断によって法定相続人の相続放棄が認められる場合もありますが、個別のケースとなるためこちらも今回は省略します。
言うまでもないことですが、生前の法定相続人と被相続人の口約束などでその借金や負債を相続しない、させないとすることは無論できませんので、注意が必要です。
3.相続放棄をさせないためには
借金の負債や、賃貸契約における家賃の延滞、またお一人で亡くなられた場合の後片付けや特殊清掃にかかる料金の請求など、貸主から見て相続放棄を行ってほしくない場合は多くあります。
そのような場合はどうしたらいいのでしょうか。
被相続人が亡くなられ、その事実と相続の開始から3ヶ月以内に法定相続人が家庭裁判所への相続放棄の申し立てをしない場合、自動的に単純承認となり相続は成立します。
それ以外の場合や、すぐにでも法定相続人の単純承認を成立させたい場合は、法定単純承認の仕組みを利用します。
法定単純承認とは、先に述べたとおり法定相続人が相続する財産や負債の一部でも処分、返済を行った際に適用されるものです。
この場合、貸主から法定相続人に、負債の一部返済をまず求めることが必要です。
例えば借金の借主が亡くなった場合、多くの貸主は焦りから負債の全額返済を法定相続人にすぐに求めてしまいがちですが、まずは法定相続人に一部返済に応じてもらうだけでも、その後の状況は大きく異なってきます。
4.賃貸契約で「孤独死」「孤立死」が発生した場合の法定相続人の相続について
賃貸契約の場合も同様に、お一人でお住まいになっていた方が亡くなられた場合など、法定相続人に修繕や清掃などにかかる費用をまずは一部でも負担してもらうことで、単純承認による相続の成立がおきる場合も多いため、不測の事態に焦り過ぎないことが肝心です。
お一人でお住まいになっていた方が亡くなられた居室では、多くの場合そのご遺体由来の損傷や影響により、家財道具や日用品のみならず、建物の壁や床材などまでの処分が必要になります。
また独特の死臭や感染症の危険などから、居室の清掃、原状復帰には特殊清掃と呼ばれる専門の技術を持った業者による作業を必要とするケースが見られます。
こういった特殊清掃は通常借主退去時に行うハウスクリーニングよりも大規模、専門機器や設備を必要とするため、かかる金額が高額になることがほとんどです。
また賃貸物件の場合、その後の借主のことなども考え、入念な原状復帰が必要になります。
賃貸物件でお一人で亡くなられた方が発生した場合、貸主としてはパニックに陥りがちですが、連帯保証人、保証人、また法定相続人との適切な連絡により、過剰な費用負担を防ぐことができます。
5.「事故現場の相続人に相続放棄されないためのコツ」まとめ
- 被相続人が亡くなられ、その事実と相続の開始から3ヶ月以内に法定相続人が家庭裁判所への相続放棄の申し立てをしない場合、自動的に単純承認となり相続は成立します。
- 法定単純承認の仕組みを利用する場合は、貸主から法定相続人に、負債の一部返済をまず求めることが必要です。